麻酔科学研究日次分析
JAMAの大規模多施設ランダム化試験2件は、術中の個別化またはリスク層別化による高めの平均動脈圧(MAP)目標が、標準管理(MAP ≥65 mmHg)に比べ、早期合併症や6か月の機能障害を改善しないことを示した。BJAのネットワーク・メタアナリシス(105試験・8008例)は、小児の気管挿管条件と血行動態が筋弛緩薬の種類・用量・挿管タイミング・年齢・導入薬によって規定されることを統合し、用量を意識した実践的示唆を提供する。
概要
JAMAの大規模多施設ランダム化試験2件は、術中の個別化またはリスク層別化による高めの平均動脈圧(MAP)目標が、標準管理(MAP ≥65 mmHg)に比べ、早期合併症や6か月の機能障害を改善しないことを示した。BJAのネットワーク・メタアナリシス(105試験・8008例)は、小児の気管挿管条件と血行動態が筋弛緩薬の種類・用量・挿管タイミング・年齢・導入薬によって規定されることを統合し、用量を意識した実践的示唆を提供する。
研究テーマ
- 周術期血圧管理
- 小児気道管理薬理と筋弛緩薬最適化
- エビデンスに基づく麻酔と実臨床を方向づける陰性試験
選定論文
1. 大規模腹部手術患者における個別化周術期血圧管理:IMPROVE-multi ランダム化臨床試験
ドイツ15施設での高リスク大規模腹部手術患者1142例において、術前夜間MAPに基づく個別化目標は、標準管理に比べて7日間の複合転帰(急性腎障害、心筋障害、非致死性心停止、死亡)を減少させなかった(RR 1.10、95%CI 0.93–1.30、P=.31)。感染など22の副次評価項目にも差はなかった。
重要性: 携帯型測定に基づく個別化MAP目標を直接検証した大規模多施設RCTで有用性が示されず、個別化周術期血圧戦略の導入に一石を投じる。
臨床的意義: 大規模腹部手術では標準のMAP ≥65 mmHgの維持を基本とし、夜間MAPに合わせた個別目標の設定で複雑化させる必要はない。早期臓器障害や死亡の改善は認められなかった。
主要な発見
- 主要複合転帰は個別化群33.5%、標準群30.5%で差はなし(RR 1.10、95%CI 0.93–1.30、P=.31)。
- 22の副次評価項目に有意差はなく、7日間の感染(15.9% vs 17.1%、P=.63)や90日間の腎代替療法/心筋梗塞/非致死性心停止/死亡の複合(5.7% vs 3.5%、P=.12)も差がなかった。
- 介入は自動血圧計による術前夜間の平均MAPに基づき術中目標を設定し、対照はMAP ≥65 mmHgを目標とした。
方法論的強み
- 15大学病院での多施設ランダム化単盲検デザインと十分な症例数
- 前向き登録(NCT05416944)および臨床的に妥当な標準化アウトカム
限界
- 単盲検のため術者側のパフォーマンスバイアスの可能性
- 対象はドイツ大学病院の大規模腹部手術に限られ、主評価の追跡期間が短い(7日間)
今後の研究への示唆: 自動調節指標や臓器特異的灌流モニタリングなど灌流指向戦略の検証、微小循環エンドポイントの導入、対象集団の拡大および長期転帰の評価が必要である。
2. 術中低血圧への先取り的 vs 反応的対応:PRETREAT ランダム化臨床試験
非心臓手術患者3247例では、リスク層別化に基づく高めのMAP目標(≥70/80/90 mmHg)は、標準管理と比べ6か月のWHODAS機能障害を改善しなかった(平均差 -0.5、95%信用区間 -1.9〜0.9)。副次評価項目にも差はなく、無益性で早期中止となった。
重要性: 患者中心の機能障害アウトカムを用いた大規模実地型RCTで、低血圧リスクに応じた高めのMAP目標の有用性が否定され、積極的な血圧目標設定の適応が絞られた。
臨床的意義: 低血圧リスクだけを根拠に術中MAP目標を≥80–90 mmHgへ一律に引き上げることは避け、標準的実践の中で深い低血圧の回避と全体の血行動態安定化を優先すべきである。
主要な発見
- リスク層別化MAP目標(≥70/80/90 mmHg)は、標準管理と比べ6か月WHODASに差がなかった(平均差 -0.5、95%信用区間 -1.9〜0.9)。
- 23の副次評価項目に差はなく、5000例計画のうち3247例で無益性により早期中止となった。
- 対象は低(21%)・中(56%)・高(23%)リスクに層別化され、各々の事前定義MAP目標が設定された。
方法論的強み
- 患者中心アウトカム(WHODAS 2.0)を主要評価に据えた実地型ランダム化デザインと無益性の事前規定
- 日常診療に即したリスク層別化介入
限界
- 早期中止により小さな効果を検出する検出力が低下した可能性
- 2施設での実施かつ非盲検管理により、施行のばらつきやパフォーマンスバイアスの可能性
今後の研究への示唆: 臓器特異的灌流目標や多面的血行動態戦略の検証、重度血管疾患などサブグループ解析、機能障害以外の患者中心アウトカムの評価が求められる。
3. 小児患者における気管挿管条件に対する筋弛緩薬の効果:ネットワーク・メタアナリシスとメタ回帰を用いたシステマティックレビュー
105試験・8008例のベイズ型ネットワーク・メタアナリシスでは、直視下喉頭鏡での複数NMBAおよび非NMBA条件を比較し、挿管条件(優・可)とMAP/HR反応を評価した。薬剤・用量、挿管タイミング、年齢、導入薬が安全性・有効性に影響し、推奨の確信度は低〜中等度であった。
重要性: 直接比較試験が乏しい領域で、NMBAの種類・用量が小児の挿管条件と血行動態に与える影響を明確化した大規模で厳密な統合解析であり、用量を考慮した実践的指針を提供する。
臨床的意義: 挿管条件の最適化に向けて、血行動態を監視しつつ薬剤と用量を選択し、挿管タイミング・年齢・導入薬を考慮する。異質性が存在し確信度が低〜中等度であるため、臨床適用は慎重に行う。
主要な発見
- 直視下喉頭鏡下での多様なNMBAの種類・用量および非NMBA条件を対象に、105試験(8008例)を統合した。
- ベイズ型ネットワーク・メタアナリシスとメタ回帰により、挿管条件(優・可)のオッズやMAP/HRの平均差を比較評価した。
- NMBAの種類・用量、挿管タイミング、年齢、導入薬が安全性・有効性の変動要因であることを示し、推奨の確信度は低〜中等度とされた。
方法論的強み
- 登録済みプロトコル(PROSPERO CRD42018097146)とベイズ型ネットワーク/ペアワイズ解析
- 大規模エビデンスに基づくメタ回帰で異質性や共変量の影響を探索
限界
- 用量・タイミング・併用薬のばらつきなど試験間の異質性が大きく、古い研究も含まれる
- 全体の確信度が低〜中等度であり、実践推奨の強さに限界がある
今後の研究への示唆: 優先候補のNMBAレジメンを最適用量で直接比較する小児RCTを計画し、挿管タイミングや導入プロトコルの標準化、患者中心アウトカムの採用を進める。